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『虹を見た人』

 町に住む人達は虹を知らない。だから虹色がどんな色なのかも知らない。
 しかし、それでも虹色という言葉を聞いたとき、人々はなぜかその色がとても素晴らしい色であろうと、直感的に悟った。だから人々はこぞって、虹色を捜し求めた。ある人は植物園に咲く花の色こそが虹色なのだ、と主張した。またある人は、感性を頼りにまだ見ぬ虹色を求めて絵の具を混色していった。ある人は愛する人の瞳の色を虹色と呼び、またある人は虹色とは都市を維持する電子チップの暗喩なのだ、と述べた。多くの人々がそれぞれ虹色とはなにか、捜し求め、自分の見つけた素晴らしい色こそがそれだ、と主張して止まなかった。
 やがて、虹色をめぐって争いが起こった。人々は互いに自分にとっての虹色を主張しあい、あいての虹色をさげすみあった。「お前のそれはただの赤だ」「そう言うお前の色だってただの青にすぎないじゃないか」「お前は自分の願望だけでものを言っている」……町は憎しみで満ちた。
 それをみかねた一人の老賢人が「真理の言葉」を語った。
「これ、争うなかれ。虹色とはここにある、とか、そこにあるなどと示されるものではない。それは一人一人の心の中に在り、決して形を持たないものなのじゃ。いわば、一人一人が心の中でもっとも尊いと思っているものこそが虹色なのじゃ」
 人々は納得した。そうだ、虹色とは彼岸に在るものなんだ。自分一人の虹色を、全ての人の虹色と同じだと思うこと自体が間違っていたんだ……
 しかし若き町長はそれではいけないと思った。一人一人が別個の虹色を持っていたのならば町の人間をストレスなく統合し、管理する事が出来なくなってしまう。町の人間はひとつの虹色を信奉しなければならない!そこで彼は一計を案じた。
「いかにも。虹色は確かに心のうちに在る。しかし心とはそれ自体で存在するものではないでしょう。その人の過去、記憶、さらにそれらを規定する文化と環境によって心は存在するようになるのです。ですから、皆さん!実はあなた方はすでに虹色を見ているのです。貴方方が産まれてから、空気を吸うように自然に眺めてきた色、常に心の背景として存在しつづける色、すなわちコンクリートの灰色こそが虹色だったのです」
 人々はより深い真理を与えてくれた町長を深く支持した。人々は新たに虹色と呼ばれるようになった灰色のスーツを嬉々としてまとい、日々の中にうずもれていった。町長は一人ほくそえんだが、それは誰の知る所ともならなかった。
 やがて町には灰色、もとい虹色の町長像が建てられた。人々は町長を祭り上げた。そして全ては安定していった。
 そんなある日、一人の少年が疑問を抱いた。
「オレンジ色はオレンジの色。レモン色はレモンの色、それなら、虹色は虹の色だ!」
少年は探求者となった。町中のいたる所を訪れ、見たこともない虹を捜し求めた。人々は少年を嘲笑った。「虹」だって?「虹色」は「虹色」じゃないか。それなら君、「赤色」の「実質としての赤」というものを提示できるかね?
 しかし、次第に少年の考えに耳を傾ける者達があらわれてきた。追従者たち。彼らの多くは日常に不満を抱くはずれ者たちだった。追従者は追従者を呼び、いつしか少年は神格化され、偶像となった。彼は町長と相対する存在とみなされるようになった。
 少年はそんな中、ただ虹を捜し求めていた。しかし、それがなにかもわからないものを人は認識する事が出来ない。他の町の住民同様、少年の目には虹は映らなかった。焦燥と高揚の間で少年は揺れ動き、また、その心の振れ自体も追従者の解釈によって、神話化されていった。
 そして少年は捕縛された。罪状は『騒乱罪』。裁判は迅速に行われ、少年はただちに断頭台に送られた。
 斧が落ち、少年は終わった。
 首は泥水の水溜りに落ち、小さく飛沫があがった。
 その時、少年は虹を見た。飛沫によって太陽灯の光がスペクトル分解され、光縞となるのを。
 少年はそのまま息絶え、その後結局、誰も虹を認識した者はいなかった。
 町は平和だった。町に住む人達は虹を知らない。だから虹色がどんな色なのかも知らない。ただ、少年の追従者達は今日も自分達は『虹』を知っていると喧伝している。



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