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『ピスティスの旅』その2


      3

 戦争が終わってからすでに20年近い歳月が経っている。戦後復興は驚くようなペースですすんだ。ただし、大都市を中心として。
 都市部を離れて半日も歩けば、すぐにゴシェン戦争の爪痕はいたるところに散見される。さびれ果てた村々など珍しくも何ともないし、完全に廃墟となった村もひとつやふたつどころでなくごろごろしている。街道筋から離れれば昔の地図などもはやなんの役に立たないどころかかえって邪魔となる。何しろ地図の上の麦畑は一面の荒野と化しており、水場はほとんどが枯れ井戸と化しているからだ。
 では、そこに住む人々はどうなったか? さびれ果てた村を捨てて都市部に出ていったものも多い。また、大農園の小作農となってその日の糧を得るものもまた多い。中には懸命に寂れた故郷の復興に力を注ぎ、荒野に鍬をつきたてつづけるハングリー精神に富むものもいる。
 が、別の道を選ぶものもいる。
 奪うことで生計を立てようとする者達である。
 つまり、ピスティスが出くわした連中とはそういうもの達だったのだ。

「離しなさいよ! あんたたち、何するつもりっ!?」
投網に絡めとられ身動きの取れなくなったピスティスは叫んだ。というより叫ぶ以外に出来ることがなかった。正確に言えば、本当は奥の手を一つだけ持っている。でも、今はまだそれを使うときではない、追い詰められていてもピスティスの冷静な部分がそう判断させていた。
「今日は外れだな」
一団を率いていた大柄な虎毛の猫人がつぶやいた。
「最近はどこもめっきり人が少ねえっすからね」と、これは網を投げた狐人。
 ピスティスはかろうじて動かせる首を動かして一団を見渡した。残念ながらうつぶせのため限られた範囲しか目に出来なかったが、見渡した範囲では4人ほど。声から判断するに、あと2〜3人はいるかもしれない。
「しかし、散々待って見つけた獲物がフェアリーじゃぁな……」
「身包み剥いだらあとは『宿屋』に売るか」
 『宿屋』って……? 考えいたってピスティスはさすがに絶句した。そんなのは絶対に嫌だ!
「ん? おい、ちょっとまて」
野盗の一人がそう言ってピスティスが目深にかぶっていた旅装束のフードを引き千切った。
 ざわり。
 野盗の間にざわめきが広がった。
「なんだ? こいつは?」
「竜人の子どもか?」
「いや、それにしても小さすぎるだろう?」
 白く光るパール状の鱗に覆われたピスティスの素顔。初対面のものに必ずといっていいほど驚かれる素顔。今は誰にも見られたくない素顔。隠したい。けれども両の手は投網にからめとられて動かすことも出来ない。嫌だ、見ないで……。
「なんつうか、コレはさぁ……」網越しにピスティスの顔を物珍しそうに触りながら一人が言った。
「『宿屋』より見世物小屋のほうがいいんじゃないか? こういう化け物は」

 切れた。

 心をえぐられた一言だった。自分の生まれを呪う一言だった。絶対に聞きたくない一言だった。――「化け物」。
 ――『化け物を抱くほど、物好きじゃないんだよね』
 刹那。
 ピスティスの顔を触っていた男が動きを止めた。唐突のことだったし、あまりにその変かが微々たるものだったためもあり、その変化が起きたときには野盗の誰も気づかなかった。
 数拍の間をおいて、男の額に無数の汗の玉が浮かび上がった。苦悶の表情を浮かべ、男は自分の腹を抱えこむようにし――そのままうつぶせに地面に倒れ伏した。
 この時になって一団はやっと仲間の身に異変が起きていることに気がついた。気がついたが、何が起こっているのかを理解するものはいなかった。白目をむき、泡を吹きながら、痙攣するように身悶える男の姿に、そこにいる誰もが唖然とするばかりであった。
 ただ一人、ピスティスを除いて。
 なぜなら、これがピスティスの『切り札』だったからだ。
 魔法にはさまざまな種類が存在する。施療師、つまり、病者や負傷者の治癒を目的とする者達は一般に「治癒魔法」と呼ばれる魔法を身につけている。肉体の回復力を高め、傷口を消毒し、達人ともなれば失われた四肢すら元通りに再生させる治癒魔法。その中には直接攻撃に使える魔法は存在しない。しかし、「癒す」原理を理解すれば、裏道ともいえる治癒魔法の使い方があるのだ。
 ピスティスがこの時使ったのは、手術などの際に術具を消毒するための魔法だった。
 空気中や術具の表面に存在している、物を腐敗させる負の精霊を追い払うのがこの魔法の原理である。負の精霊がいなくなれば物は消毒され、他のものに接触し再び負の精霊を帯びるまでの間、腐敗や化膿といった症状を押さえることが出来る。切開を必要とする手術の際には欠かせない魔法である。
 これを悪用して生きている人の体内から負の精霊を追い出してしまうことも出来る。人の体はさまざまな精霊や元素のバランスで成り立っている。意外にも思えるが、腐敗や化膿といった悪い変化をもたらす負の精霊を追い出すことで、人は逆に健康を害してしまうのである。

「ざまあみろ! このクソ豚野郎!」
 頭に血が上ったまま、ピスティスは叫んだ。
 叫んで後悔した。
 悶絶する仲間を前にして、野盗一団がピスティスに振り返った。
「お前がっ? お前がやったのかっ!?」
 ヒステリックに叫びながらその中の一人がサビの浮いた槍の穂先をピスティスに突きつけた。切先がピスティスの鱗に微かに傷をつけ、小さく血の玉を浮き上がらせる。
 ――なんてバカなことをしたんだろう。あたしってバカだ。たった一発分しかストックのなかった「奥の手」をこんな状況で使ってしまったのも愚かしいし、興奮して自分が魔法を使ったことをばらしてしまったのも間抜けだ。もうこちらには反撃するすべも逃げるすべも無い。かたや野盗たちは悶絶している一人をのぞいた全員がそれぞれの獲物を手にピスティスに殺意のこもった視線を向けていた。
「モアの仇だ! ぶち殺してやる!」
 同時に振り上げられる槍の穂先。
 あぁ、消毒魔法を叩き込んでやったあいつの名前はモアというのか。――まったく関係無いことを心に浮かべながら、ピスティスは観念して目をつぶった。薄汚い連中の手慰みになるよりは、今ここで死んだほうがましかもしれない。こんなことなら人通りのない裏街道を歩いたりしなければよかった。あたしってホントにバカだ。お母さん、マーナさん、ごめんなさい。あぁ、死ぬ前にお母さんに聞きたかった。私のお父さんは誰だったのかって。自分がこんな姿に生まれてきた原因くらい知りたかったの。こんな姿でなく、普通のフェアリーとして生まれていたら、自分はもっと幸せな人生を送れたに違いがないのに。それにしてもいつ穂先は自分の上に襲いかかっているのだろう。いくらなんでも遅すぎないかしら? どうせやるならさっさとやってほしい。痛みが長引くのも、それまでの時間を延ばされるの勘弁だ。いいかげんにしてほしい。ひとおもいにさっさとやってくれればいいのに。いくらなんでも遅すぎないかしら……
 おそるおそるピスティスは目を開いた。

     4

 槍の穂先は地面をえぐっていた。
 野盗たちの視線は、ピスティスではなくその槍の柄に集中していた。いや、柄そのものではなく、柄をたわませながらその上につま先で身軽にバランスを取りながら立っている小柄な旅装束の人物に集中していた。
「――う〜ん」
 旅装束の人物がさも不服そうな声色でつぶやいた。
「困るな〜。よりによって最初にこんなものを目にするなんて……」
 まだ幼さの残っている少年だ、と声を聞いてピスティスはそう思った。全身をおおっている旅装束のせいで種族まではわからないけれども、たぶん間違いないだろう。そして同時に不思議に思った。いったいこの人はどこから来たんだろう? たった今さっき、槍を突きつけられて目をつぶるまでこんな人はどこにもいなかった……と思う。
「てめぇ……」
 うめくように野盗の一人。
「てめぇ、どっからわいて出やがった?」
 ピスティスと同じ疑問を口にする。彼らも少年がどこから来たのか気づかなかったらしい。
 戸惑う一同の視線を集めたまま、少年はふわりと宙に舞うようにして槍の柄から飛び下りた。慌てたように野盗たちは獲物の切先を少年に向けなおす。が、少年は自分に向けられた無数の刃を無視しながら、ピスティスが捕らわれている投網に歩み寄る。
 ぱらり。
 何が起こったのか、野盗たちはおろか、当のピスティスにすらわからなかった。何が起こったのかはわからなかったが、なぜか少年が歩み寄った瞬間にピスティスの手足は自由を取り戻していた。
「どうでもいいけど……」
 不思議そうに少年が声をかける。
「逃げないの?」
 その時になってピスティスはようやく、わが身を束縛していた投網がばらばらに切り刻まれていることに気がついた。野盗たちも気がついた。あわててピスティスは羽を広げる。野盗たちも切先をピスティスに向けなおす。
 突き出された槍が2本。これをしゃがみながらかいくぐる。
 掃うように繰り出された剣を飛び跳ねながらかわす。
 直後に、今度は大上段から振りかざされた剣。広げた羽をよじるようにして空中で身をかわす。尻尾の先にわずかな痛み。確認する暇はないけれど、ひょっとしたら浅く切られたのかもしれない。
 そして次々と迫る槍衾。必死に羽ばたき、急上昇して逃れる。
 最後に投げナイフが2本。もっとも、投げ手のあせりを表すかのようにどちらともあさっての方向。その隙に必死に高度をかせぐピスティス。
 間一髪だった。
 危ういところでピスティスは野盗の手から逃れ、貫けるように青い空に舞い上がっていった。

「あ〜、危なかった!」
 野盗たちのいる街道から岩山一つ隔てた岩と砂ばかりの荒野まで飛び去ったところで、ピスティスは地面に大の字になってへたり込んでいた。思えば朝早くに家を出てからまともな食事もせずに、肩に重い旅装束でここまで飛んできた上、野盗の手から逃れるために全力で飛びあがったわけで、体力の少ないフェアリーの血を引くピスティスがすっかり疲労困憊してしまっているのは当然のことともいえたかもしれない。――むしろ、ここまでよくもった、というべきであろう。
 野盗の集団の中には空を飛べる種族のものはいなかった。たとえ連中がどんなに執念深かったとしても、さすがに岩山を超えてここまで来ることはないだろう。
 一安心したところでふと気がついた。自分を助けてくれた少年を置き去りにしてしまったことに。自分の戒めを解いて助けてくれた少年を野盗のさ中に置き去りにしてしまっていた。大変だ、連中はあの少年を自分の代りに身包みはいでしまうかもしれない。いや、もっと酷い目に合わせているかもしれない。野盗達は、私に逃げられたことで、そうとう頭に来ているだろうから。
「助けなきゃ!」
 そうつぶやいて、疲れ切った身体に鞭打って立ち上がろうとした時だった。
「だれを?」
「もちろん、私を助けてくれた――」
声がそのまま途切れてしまう。

 一体どうやったのか――。へたり込んでいるピスティスのすぐ隣に先ほどの少年が腰を下ろしていた。

⇒つづく




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